長崎しにせ会

 

長崎ペーロン選手権大会 (7月下旬)

長崎の男たちがこころをひとつに漕ぎ出す勇壮なペーロンは、海神をまつる中国伝来のボートレースです。長崎で初めてペーロンが行われたのは1655年(明暦元年)頃で、当時、暴風雨のため唐船が難破し、多くの犠牲者を出したことから、長崎在住の唐人達が海神の怒りを鎮めるためと、自国の遊技を長崎人に誇示するために、端舟(はしけ)で競漕したことがはじまりといわれています。
 

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長崎街道 その四 番所橋〜長崎市と諫早市の市境

長崎街道は江戸時代に整備された脇街道とよばれる道の一つです。豊前国小倉 (福岡県北九州市小倉北区)と肥前国長崎(長崎県長崎市)を結ぶ路線で道程は 57里(約228km)に及びます。長崎今昔では長崎市の新大工を起点として諫早市との境までを4回に亘って辿っていきます。古【いにしえ】に想いを馳せて、途中寄り道をしながら、道中を紹介いたします。今回はその 最終回(番所橋〜長崎市と諫早市の市境)です。
 

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岩崎蒲鉾
当社は初代、岩崎政一が明治35年より地元で取れた魚を手仕事で蒲鉾(すぼ巻と竹輪)を作り行商を行ったことから始まります。
明治の末より大正にかけては長崎の公設市場(長崎市築町)で販売を行い、当時は『おミヤさんかまぼこ』という名称で親しまれておりました。
二代目、初一は深堀で製造した蒲鉾を昭和の初め頃には上海まで南洋行船(長崎丸)で行き販売していましたが初一が昭和16年5月、満州(牡丹江)へ出兵することになり、後は妻、ハツエが深堀のお店を守ってまいりました。
 

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2012年4月 長崎今昔『長崎街道 その四 番所橋〜長崎市と諫早市の市境』更新しました。
2012年1月 ホームページをリニューアルしました。これからも宜しくお願いいたします。