川添硝子株式会社
     
     
会社外観
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創   業: 1861年(文久元年)
代   表: 代表取締役社長 川添 研太
業   種: ガラス・サッシ・プラスチック・鏡・店装品販売施工
会社所在地: 〒851-0136 長崎市平間町1354-5
TEL 095-839-3031
ホームページ http://www.kawazoeglass.co.jp/
     
     
 
はじめに
寛永十七年(1640)平戸オランダ商館勤めの川添家初代吉兵衛は、同商館の平戸→長崎移転に伴い長崎へ着任。以後の代々は長崎・出島に勤めることとなりました。
文政七年(1824)から出島交易所に勤めていた九代目・甚兵衛は、オランダ人との接触が多く、日頃から海外の珍しい新しい物が数多く船載されてくるのに、好奇心をそそられておりました。彼はこれらの品々に魅せられ、貿易商への転身を秘かに志します。
   
川野屋から川添硝子商会
甚兵衛は、遂に文久元年(1861)江戸町で、屋号を川野屋、商標として○川を用い輸入雑貨、洋酒などの舶来品店を創業。士族から商人に転じ、日本で最初のガラス商誕生の基礎を築いたのです。
川野屋二代目・甚平は、常に、取扱商品の中で前途有望な品目の選択に意を用いていました。明治八年(1875)長崎にフランス製の瑠璃板(板硝子)が到着。「有望」と判断した甚平は、即座に全資本を投じこれを購入。販売を開始すると珍重がられ評判も良く、完売。これを機に、雑貨・洋酒等の取り扱いを中止し、板硝子販売を専業とした経営に切替えました。

明治から大正、約60年の間、視線を遮る摺りガラス・装飾性の高い絵入りガラス・ショーウインド用の厚く広いガラスなど住宅・店舗への板硝子の普及は目覚ましいものがありました。

二代・甚平と三代・甚三郎は、国内状況の変化・業界の進展に沿うよう、新技術・新製品の開発と自店の拡大に努め、昭和二年(1929)には川添甚三郎を代表者とする合資会社川添硝子商会を設立するに至りました。

 
現在の川添硝子へ
昭和二十五年(1950)、四代社長・清次は川添硝子鰍設立します。五代・弘之は競争の激化・市場の急激な縮小を考慮し、平成十六年(2004)住み慣れた江戸町から現在地・平間町への移転を決断しました。そして六代・研太の下、川添硝子は平成二十三年(2011)創業150年を迎えることが出来ました。

流れる水に澱みなし。
業態・形態の変化はありますが、ひと様のお役に立ち、ひいては地域のお役に立つべく、
川添硝子は、粉骨砕身、今日も努めております。
   
 

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