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長崎しにせ会加盟店は激動の歴史とともに歩んで参りました。 |
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第十二回/田中旭栄堂 |
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栗饅頭の誕生 |
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初代、田中素郎市氏によって田中旭栄堂が創業したのは明治31(1897)年、『福砂屋』で菓子づくりを学び栗饅頭を作り始めたきっかけは1904年の日露戦争の時だったといわれています。 |
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修行の厳しさと発見 |
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素郎市氏は体が小柄で小回りが利き、とにかく、じっとしていられない性格。戦時統制下、長崎市内の菓子組合は『乾パン』づくりを命じられ素郎市氏は率先してその任にあたったそうです。終戦後、現社長である宏氏は小学5年から上町(当時の東中町)の自宅工場で働き始めたそうです。遊びたい盛りだったのにもかかわらず、放課後は工場へ直行の毎日が続きました。 |
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伝統守り新しい味を創造。“お客様の心”糧に日々研さん |
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宏氏は父(二代目)豊氏から41歳で跡を継ぎ、新商品の開発にも積極的に取り組みました。栗饅頭の製法は創業当時と変わりません。砂糖・グラニュー糖・卵・ハチミツ・小麦粉で作った皮に白あんを詰めた後、丸形から栗形に成型して焼きます。皮に卵の黄身を上塗りして焼くと本物そっくりのこげ茶色に変わります。栗饅頭の他にも、栗入りあんをパイ皮で包んだ『まろんぱい』など約10種類を商品化しました。宏氏はこう語ります。 |
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姿も味も昔ながらの栗饅頭。親子三代通い続ける常連さんの姿も少なくありません。「栗饅頭は土地の人々に食べてもらえばいい」との信念から大手百貨店の出店要請を断り続けるなど『本店主義』にこだわってきました。頑固なまでに伝統を守りつつ、さらに新しい味を創造する職人気質が田中旭栄堂の魅力かもしれません。 |
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