長崎しにせ会加盟店は激動の歴史とともに歩んで参りました。
今回は「今村呉服店」のご紹介。

第三十三回/今村呉服店


創業当時の店舗写真

写真:『浜の町商店街』より

 今村家は三代目現社長(今村親示)の祖父にあたる庄蔵が長崎の築町にて創業したのが、明治32年。
 出身は、島原の守山村(現在の吾妻町)で、当時は交通機関も整備されてなく、山を越えて長崎で修行を積む。当時浜の町には岡部呉服店(現在大丸)と浜せんに呉服店があり、その浜せんにある呉服店で修行を積み後に今村家へ婿養子入りし、築町にて開店。


昭和22年頃の店舗写真

 大正11年1月に、築町全体が大火にみまわれた。
当時は小野原本店様の目の前に当店があった。それから浜の町(現在の有川ビル)へ大火のあとに移転する。当時は現在のように趣味や嗜好が多様化してる時代ではなく、財産として着物を買うという時代でありどこの店も繁盛していった。当店でも例外ではなかった。
 しかし戦争が激化し、当時の商工大臣岸信介が「戦時下において国家が最も必要とする仕事に力を尽くして貰う・・・」と答弁し、『企業整備令』が施行。この法律により、中小企業の解体が強行され、当時組合長だった先々代が率先して遵守し、商品や土地などを処分。昭和19年まで続いた店を閉め、一家で島原への疎開が余儀なくされた。

■平成20年店舗写真
 戦争も終わり再び長崎へ、現在の場所で営業を再開昭和22年のことである。
 昭和52年(1977年)には現在のビルを建設し、呉服店の隣や2階のスペースを利用しテナント業として営む。高度経済の真っ只中経営も順風だったが、昭和57年長崎大水害で被害遭い、浜の町アーケードには川の上流からの土砂が流れてきて、まるで漉し餡(こしあん)のような状態で渦を巻いてた。
 ビル自体は大きな被害にはならなかったが、着物などの甚大な被害を被った。着物という優美で繊細な商品だったため、小さいシミだけでも商品として価値がなくなった。
 それでも苦境を乗り越えていった今村呉服店は平成11年に創業100周年を迎えました。現在は呉服だけでなく婦人服も取り扱うようになってまいりました。
 今もなお、代々受け継いだ老舗の暖簾を守り続け、量販店や大型店に引けをとらない専門店らしく木目細かな営業を誠実に営んで参ります。