長崎しにせ会加盟店は激動の歴史とともに歩んで参りました。
創業当時の写真など現存する資料を交えながら加盟店の歴史を
振り返ります。

第十一回/フジオカ

誕生

 明治32(1899)年、千馬町(現在の出島町)にて石油販売業を興したのがフジオカの始まりです。当時、家庭の照明などはまだ石油ランプが使われており、この灯油販売が主でした。日本石油(現・新日本石油)の特約店となってからすでに90年以上経っていますが、当時は石油精製品の販売一筋、フジオカはこの業界の老舗として知られています。
 そして長崎で初の石油スタンド(石油地下槽)となる給油所を昭和9(1934)年馬町に開設。昭和24(1949)年、株式会社藤岡石油店を設立いたしました。以来、長崎市を中心に給油所を開設、ピーク時には25ヶ所のガソリンスタンドを中心として幅広いネットワークを広げてきました


昭和初期の写真(現在の元船町付近)

ガソリンスタンドの変遷

 振りかえれば前述の通り、石油は家庭用のランプから普及し、高度経済成長とともに車社会は発展をとげ、今日ではなくてはならないエネルギーとなりました。長崎で初の石油スタンドを開設したフジオカでは、車社会の発展とともに業務拡大をしてきました。
 第一次オイルショック(昭和48年)、第二次オイルショック(昭和50年)、湾岸戦争(平成3年)などの幾多の試練も経験しましたが、こうした状況になる度に独自のノウハウを活かした新分野の進出、企業努力を進めてきました。
 平成7年当時、全国に約60,000店はあったとされるガソリンスタンドも規制緩和の波とともに価格も安くなり、経営を圧迫、廃業を余儀なくされている企業も長崎でも少なく有りませんでした。そのような中、フジオカは耐え忍び、革新を進めてきました。
 セルフスタンドもここ数年で既に数多く出店となっていますが、フジオカでは、まず佐世保市内に初となるセルフスタンドを既存の建物を改装してオープン(吉岡町)。続けて長崎市に既存の改装1店舗(畝刈町)と、新規(女の都)としてのオープン、計3店舗で展開しています。
 今後は更にガソリンに替わるエネメギー(水素ガス・電気自動車等)の開発も進められている事から、これらにも対応できる企業に変革していかなければならないでしょう。

総合商社としてのフジオカ

 平成11年、創業100周年を期に関連企業2社を合併、同年4月、株式会社フジオカと改名。総合商社として生まれかわりました。
 現在はガソリンスタンド(長崎市内9ヶ所・近郊4ヶ所・諫早市、近郊、大村市に4ヶ所・佐世保市2ヶ所の計19ヶ所)と中古車買取販売のガリバーフジオカ(矢上町・時津町・諫早市・佐世保市2ヶ所の計5ヶ所)の車連事業部の他に石油の卸販売を主にしている石油事業部。
 ビル他の新築物件に対応するビルメンテナンス、ファニチャー家具の提案を行う開発事業部。
ISDN回線整備から電話機、コピー機・FAX、パソコンのハード販売保守、インターネットにおけるシステム提案及びホームページ代行制作、事務処理専用機、携帯電話au販売店(長崎市・長与町・大村市)までを行う情報通信事業部。
 家屋の屋根に太陽電池を取り付け、昼間の太陽を吸収し、それを電力会社へ売り、夜間だけ電力会社から供給を受け、家庭のコストセーブを手助けする新エネルギー事業部。
 認可の保育園で使用されている役所関係への提出書類や給与システム、保母さんの出勤簿等をパソコンで管理、作成できるソフトを開発・販売しているシステム開発事業部と、多岐に渡る事業を展開しています。
 また関連会社としてはディラーであるトヨタカローラ長崎、開発事業部と直結したビルメンテナンス・消防施設のワイズ防災があります。


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