〒850-0902  長崎市丸山町2−1
095−822−0191
寛永19年(1642年)
日本料理
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■店舗前外観


■店舗地図


 弊店の創業は1642年、花月はもと引田屋といい、その庭園にあった亭(ちん)を花月楼といっていましたが大方清雅により崎陽随一の酒楼と喧伝されるに及び、ついにはこの名を採って店名としました。開業は今から358年前となります。敷地は、丸山町・寄合町・中小島の三か町におよび、当時家運の隆盛とともに拡げられ、そこに家屋が新築されるたび世間から賞賛されたと伝えられています。
 当時はオランダ人や唐人達の丸山見物の際には、花月に必ず立ち寄ったといわれています。シーボルトと其扇(そのぎ)の関係は有名。また、文人墨客の訪れも多く、頼山陽、武元登々庵、田野村竹田等、花月において当時の珍奇な風物を賞し、長崎独特の風流を愛しました。
 幕末には、明治維新の志士達が花月に出入りしました。大広間(龍の間)に残る刀痕は、松本良順と遊びに来た坂本竜馬が残したものだといわれています。また、英国人水兵の暗殺された事件では、海援隊の仲間に嫌疑がかかったため、竜馬が長崎奉行所に苦情書を差し出した下書きが掛け軸にして今も残っています。

しっぽくの作法三箇条

一、「御鰭〜」から

 しっぽくは、円卓を囲んだすべての人が、ともに盃を交わして、料理を味わい、話を楽しむもの。格式に縛られないところが特色であり、長崎の人に愛されたゆえんです。ところが、そのしっぽくにも3つだけ、作法があります。
 一つは、最初にして最大の儀式、おかっつぁまからの「御鰭をどうぞ」の言葉を聞いてから宴席を始めること。
 鯛の胸鰭が入った吸い物を、御鰭といいますが、これは一尾にひとつしかない胸鰭を出すことで、頭から尾鰭まで、まるごと一尾の鯛でもてなすという心意気をあらわしています。尾鰭をいただくまでは、乾杯はおろか、私語も厳禁、上着をきた正装のままで正座で待つのがしきたりです。乾杯や、来賓、主催者からの挨拶は、尾鰭をいただいてからになります。
 ちなみに、おかっつぁまとは長崎でいう女将のこと。長崎流儀に従って粋に会食を楽しむのであれば、覚えておいたほうがいいですね。

一、遠慮は無用、直箸でいただく

 御鰭さえすませれば、あとは格式ばったしきたりはありません。あえていえば、遠慮は無用のスタイルが作法でしょうか。鉢盛りの料理は直箸でとり、汁物は湯匙(とんすう)、長崎では訛って“とんすい”といいますが(レンゲのこと)、これを使ってお召しあがりください。ただし、鉢に盛られた料理は人数分のみ。食べる前にちゃんと数を数えてから箸をつけて下さい。

一、とり皿は2枚が常識

 三つ目も、それほど厳密に守る必要はありませんが、覚えておいてほしい作法のひとつです。とり皿は1人2枚までが正式な食べ方ということ。昔は家庭でもお客さまをしっぽくでもてなしていたため、給仕の手間がかからぬようにとの心配りからきた作法です。全部で15品前後の料理が出されるため、難しいのですが、これが上手にできるようになったら上級者です。

 

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(株)花月