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| 弊社の初代・古田勝次は、大浦海岸通りにあった長崎メディカル・ホール経営のジャーラン医師のもとで、明治10(1877)年〜同13(1880)年、清涼飲料水製造の修行を行いました。当時日本人として飲料水の製造を始めた者はわずかに全国二人のみだったそうです。 そして、ラムネ・シャンペンサイダーの製造元としての大きな看板を掲げ、長崎県庁の前の通り大村町(現在の万才町・長崎県警の場所)に開業。それが弊社の始まりとなっております。その後、順調に販路を拡張し、当時はラムネ・シャンペンサイダーの他にワイン・ソース等も製造していました。 |
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| 大正8年に現在の古川町に移転し、会社組織として有限会社になったのが二代目勝吉の時で、その二代目の名前がそのまま屋号となり現在も使われています。 現社長は三代目にあたる滋吉です。現在では清涼飲料水の卸販売が中心で、長崎市内に約500台の自動販売機を設置しています。また、先代から引き継いだ「手引きラムネ」もサントリーフーズ、キリンビバリッジ、大塚製薬などのメーカー飲料の販売とともに、ラムネの販売を続けています。 代々の継承をこれからも守り地場に根付いた商売を、これが弊社のモットーです。 |
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手引きラムネ |
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| 『手引きラムネ』とは?それは創業者である初代、勝次がラムネの製造元として営業を開始したときの方針によってできました。当時も戦争は世界各国で行われていて、それを憂い悲しみながら、世界の人がみなラムネを飲んで平和になって欲しいという願いを込めて握手をしている図案を考え、これを『手引き』としました。そしてその図案の周辺には、万国旗をあしらっています。 | ||||||||
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(有)古田勝吉商店 |
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