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| 天保元年(1830年)、現在の長崎市勝山町で初代店主、岩永米造によって創業されました。それから丸山町(元・矢寄町)、鍛冶屋町へと移り現在地である諏訪町に店を構えたのが明治35年、三代目徳太郎の時です。現在の店舗はその当時のままの状態で今も受け継がれています。徳太郎は弊社の主力商品である『もしほ草』の考案者でもあります。現在の代表は六代目、徳二。中島川に架かるめがね橋からほど近いこともあって、店を訪れる方の中には観光客も少なくありません。 「四季を表現し、食べる者の五感を満足させる」と評される和菓子の世界にあって、その老舗の伝統と味・技を守りつづけるのは簡単ではありません。一般的に有名で需要の面からいくと新規出店も考えられるのでしょうが、店主はそうではありません。菓子は品質・味の管理が大切、あまり店を増やすと、自分の目配りが効かなくなってしまう。まずは地場をしっかり守っていく事が先決だということです。 |
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一年の歳月を費やし完成する『寒菊』 |
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| 創業以来の伝統を誇る梅寿軒の代表的な菓子『寒菊』は、寛永年間(1624〜1643)に明との貿易によって渡来したといわれています。その形は菊の葉をあるいは花を、表面の白は霜が降りたところ、あるいは雪が積もったところを表現したといわれています。毎年12月〜2月にかけての寒い時期に仕込みを開始、ついたもちを1ヵ月間乾燥させ、その後1年間低温庫で寝かせて焼き上げます。焼いた餅に生姜を入れた液状の砂糖をかけ2〜3週間、ここで完成します。甘く香ばしい風味で人気のこの菓子も、その裏では大変な手間と時間をじっくりかけて完成するのです。 | ||||||||